検診の功罪

「病気の早期発見に検診は有用である」を大前提として、多くの企業は半ば強制的に検診を行います.本人はあまり受けたくないが、義務として受けている人も多くいます.検診では、正常か異常かを判断をし、正常(この定義がむつかしい)でなければ、大きな病院へ再検査を指示され、無用な2回目の検査が行われています.

私は、現在のような検診システムではその意義はほとんどなく、むしろ患者に不安を与えていることのほうが多いように思います.特に喫煙をしているにも関わらず、胸部レ線の検診を受けることは、一方で肺ガンに10倍なりやすい状況を自らが作りながら、早期発見のための検診をするという自己矛盾となります.検診の功罪については、我々のような内科医と、検診の有用性を被った患者を主に診ている外科医とは意見の一致をみないことが多くあります.運悪く何らかの異常を指摘された人は通常、要精査として分類され、比較的大きな病院へ行かねばなりません.

例えば、心電図異常を指摘された患者があるとしましょう.循環器疾患に精通していない医者が心電図を読影すると、軽度のSTの変化を虚血性心疾患の疑いとして患者に長期におよぶ薬物療法等の不要な医療を受けさせることになります.心電図で虚血性変化があるが無症状である場合、無痛性の虚血性心疾患が存在することもありますが、多くは軽度の肥大心です.また高齢者でしばしばみられる巨大陰性T波を呈する症例を予後のよい心尖部肥大型心筋症と診断できずに、心臓が弱っているということで無用な生活制限をされていることも多くあります.最近では、循環器外来では多くの人がカラードプラー心エコーで弁膜症を医師に指摘され心配になって受診する人が多いのが現状です.カラードプラー心エコーがなければ、一生病気を心配せずにすんだのにと思われる人も多くいます.

大腸癌検診においては、少し痴呆があり歩行困難を呈する高齢者までが、便潜血が陽性ということで、市町村から大腸検査にまわってきます.このような人々に注腸検査や大腸ファイバーをすることで、公衆衛生的になにが改善し検査によるどんな副作用が出現したかの解析データはありません.症状がないが、検診の腹部エコーで膵臓の腫瘍が発見され手術された人もいます.検診医は早期発見により、膵臓癌を治癒切除できたと言うでしょう.しかし、このような患者の術後のQOLはどうでしょうか.糖尿病に悩まされるのみではなく、もっと切実なことは「いつ再発するんだろう」という不安です.日本では、医療側がガン患者に真実を語らない事が多いので、患者が「この医者は何か隠しているのではないのか」と思いながら生きるというのは患者側、医療従事者側のお互いが不幸です.検診は自らが安心するためのものであるので、検診で不安になったり真実を知りたくなければ検査をしないのも一つの選択であると思います.

検診では、その検査の長所・短所・限界をきちんと理解した医師が患者に説明すべきで、正常値からはずれた症例をやみくもに再検査におくるだけなら医師ではなくコンピュータで十分です.大きな病院では、検診者の再検査のために外来患者が増加し、短時間診療に拍車をかけます.検診を産業とすることが多い今日の検診システムは資金の無駄図使いであるように思います.

いったん決定事項となると、時代にそぐわなくなってもなかなか変更ができない日本では、科学的にものごとを論じる習慣はありません.1998年の現在、国が検診の有用性を決定したからではなく、検診することでどのように自然歴をかえれたかというデータを示し、検診の是非を問うて欲しいと思います.